ひふみよ / 小沢健二

 明日から頑張れる。 
明日から頑張ろう、じゃなくて、明日から頑張れる。 
そう思った。 

開場の15分前に会場に着くと、大人たちが長い列を作っていた。 
その列のところどころで「久しぶり!」という声があがる。 
その「久しぶり!」は、待ち合わせていたそれではなく、偶然出会ってしまったときのそれに聞こえる。 
彼ら彼女らは何年ぶりの再会を果たしたのだろう。 
小沢健二が13年ぶりに帰ってくるその場所で。 

あっという間に開演時間になる。 
「まもなく開演です」というアナウンスの後、なぜか拍手が起きる。そして開場は静寂に包まれる。叫びだしたいくらいにドキドキする。みんなのドキドキが、開場の静けさに現れているように感じる。 

暗転する。 
聴き覚えのあるイントロと、思い切りの歌声が聴こえる。開場は暗いまま。 
まわりのお客さんがざわめいて、席を立つのを感じる。おそるおそる自分も席を立つ。 
まだ開場は暗い。 

僕らは何度もキスをした、って口ずさんだ。 
その曲のワンコーラスが終わった。暗いままの開場で、ニューヨークの停電の話が始まる。真っ暗な中で過ごした時間や聴いた音は忘れないっていう、そんな話。 
そのまま曲の続きが始まる。激しい心を捉える言葉をロックンロールの中に託した。 

なぜだか涙がさっきから全然止まらない。 
開場も暗いし、このまま泣いてていいやって思ってたら、いきなり明かりが点いた! 

ヒー・イズ・バック。彼はそこにいた。 

その後の2時間半は、少しでも多く、開場の空気を吸おうと思った。 
何回も涙が出てきたし、何回も笑った。 
ミラーボールに照らされながら、16小節の旅も完璧に歌った。 
刹那と同じ終わり方で、全員がステージからいなくなる。 
そして再び出てくる。更に歌う。忘れてた。10年前の僕らと向き合うときが来たんだ。 

みんな頭の中で、曲を聴きながら何を思っていたんだろう。最初にその曲を聴いた日のことなのか、当時の恋人のことなのか、それとも失恋したことなのかもしれない。 
とにかく、いつまでも10年前の僕らのことに胸を痛め続けてるわけにはいかないんだよ。それは甘えで逃げなんだよ。そう思いながらも、でも、思春期の頃の曲を聴いて、その瞬間だけ全てを忘れて昔に戻って、それがエネルギーになるなら、それはそれでいいんじゃないかな、とも思う。だってせっかく歌ってくれてるんだもん。そして、みんなそれを聴きに来てるんだもん。この夜だけは10代に戻ろうって、多かれ少なかれ、みんな思ってるはずなんだもん。 

そして、いま好きな人のことを考えた。 
この夜を思い出すときは、いま好きな人のことも一緒に思い出す。そうやって思い出の上に思い出が重なっていけば、それが一番だ。思い出ミルフィーユ。 

10年前の僕らと握手してから背中を向けたそのときに、曲が終わった。 
同時に開場が暗くなる。一瞬の静寂のあと、拍手が鳴る。 
この拍手が終わって明かりが点いたら、きっと彼はいなくなってる。そんな終わり方だった。 

明かりが点いた。彼はまだ、そこにいた。 
にゃはは、なんつって今にも笑いそうな感じに見えた。最後まで完璧にやられた。 

彼の歌はハッピーだ。メロディがとか歌詞がとかいうより、その全てがハッピーだ。 
ラブリー・ラブリー・デイ。完璧な絵に似た。2010年5月25日に起きた中野の夜の停電を、多分一生忘れない。

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